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読売新聞社「21世紀に伝えるあの一冊『日本の名著』」まとめ

日本の文学」に続いて、「21世紀に伝えるあの一冊『日本の名著』」のまとめです。

1位 日本書紀

日本書紀〈1〉 (岩波文庫)

日本書紀〈1〉 (岩波文庫)

内容:
  • 「古に天地未だ剖れず,陰陽分れざりしとき……」.養老四(七二〇)年に舎人親王らの撰で,完成したわが国最古の正史『日本書紀』は,朝廷に伝わった神話・伝説・記録などを記述した編年体の史書「巻第一 神代上」から「巻第三十 持統天皇」まで全三十巻.定評のある日本古典文学大系版『日本書紀』を文庫化.

日本書紀:

日本書紀』(にほんしょき)は、奈良時代に成立した日本の歴史書。日本に伝存する最古の正史で、六国史の第一にあたる。舎人親王らの撰で、養老4年(720年)に完成した。神代から持統天皇の時代までを扱う。漢文・編年体をとる。全30巻。系図1巻が付属したが失われた。

日本書紀 - Wikipedia

2位 立正安国論

日蓮「立正安国論」全訳注  (講談社学術文庫 1880)

日蓮「立正安国論」全訳注 (講談社学術文庫 1880)

内容:
  • あいつぐ異常気象・疫病・飢饉・大地震、そして承久の乱。荒廃する国土をもたらしたのは、正法が廃れ、邪法=専修念仏がはびこる仏教界の混迷である。日蓮は、社会の安穏実現をめざし、具体的な改善策を「勘文」として鎌倉幕府に提出したのが『立正安国論』である。国家主義と結びついてきた問題の書を虚心坦懐に読み、「先ず国家を祈って須らく仏法を立つべし」の真意を探る。

立正安国論:
立正安国論』(りっしょうあんこくろん)は日蓮が文応元年7月16日(当時のユリウス暦で1260年8月24日、現在のグレゴリオ暦に換算すると1260年8月31日)に先の執権にして得宗(元執権)の北条時頼鎌倉幕府第5代執権)に提出した文書。

立正安国論 - Wikipedia

日蓮:
日蓮(にちれん、貞応元年(1222年)2月16日 - 弘安5年(1282年)10月13日)は、鎌倉時代仏教の僧。鎌倉仏教のひとつである日蓮宗法華宗の宗祖。滅後に皇室から日蓮大菩薩後光厳天皇、1358年)と立正大師大正天皇、1922年)の諡号を追贈された。

日蓮 - Wikipedia

3位 雪

雪 (岩波文庫)

雪 (岩波文庫)

内容:
  • 天然雪の研究から出発し,やがて世界に先駆けて人工雪の実験に成功して雪の結晶の生成条件を明らかにするまでを懇切に語る.その語り口には,科学の研究とはどんなものかを知って欲しいという「雪博士」中谷の熱い想いがみなぎっている.岩波新書創刊いらいのロングセラーを岩波文庫の一冊としておとどけする.(解説 樋口敬二)

中谷宇吉郎:

中谷 宇吉郎(なかや うきちろう、1900年(明治33年)7月4日 - 1962年(昭和37年)4月11日)は、日本の物理学者、随筆家。位階は正三位。勲等は勲一等。学位は理学博士(京都帝国大学・1931年)。

北海道大学理学部教授を北海道帝国大学時代から務め、世界で初となる人工雪の製作に成功した。

中谷宇吉郎 - Wikipedia

4位 人生論ノート

人生論ノート (新潮文庫)

人生論ノート (新潮文庫)

内容:
  • 死について、幸福について、懐疑について、偽善について、個性について、など23題――ハイデッガーに師事し、哲学者、社会評論家、文学者として昭和初期における華々しい存在であった三木清の、肌のぬくもりさえ感じさせる珠玉の名論文集。その多方面にわたる文筆活動が、どのような主体から生れたかを、率直な自己表現のなかにうかがわせるものとして、重要な意味をもつ。
  • 三木清:
    1897‐1945。兵庫県生れ。京都帝大で西田幾多郎に学んだ後、ドイツに留学、リッケルトハイデッガーの教えを受け、帰国後の処女作『パスカルに於ける人間の研究』で哲学界に衝撃を与えた。法政大学教授となってからは、唯物史観の人間学的基礎づけを試みるが、1930年、治安維持法違反で投獄、教職を失う。その後、活発な著作活動に入るが、再び検挙され、敗戦直後、獄死した。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです) 

5位 三太郎の日記

新版 合本 三太郎の日記 (角川選書)

新版 合本 三太郎の日記 (角川選書)

内容:
  • 角川選書創刊第1号は、1968年9月20日初版の『合本 三太郎の日記』。永遠の青春の書として大正・昭和期の学生の必読の書であった。「三太郎」に仮託して綴られる、著者の苦悩と内省、自己を確立していく豊かな感受性と真摯で強靭な思索のあとは、多くの学生に圧倒的な共感をもって支持され、愛読されてきた。人間存在の統一原理を、真善美の追究による自己の尊厳という「人格」におく、著者の「人格主義」につながる思想が横溢。青春のバイブルと称された。

阿部次郎:

阿部 次郎(あべ じろう、1883年(明治16年)8月27日 - 1959年(昭和34年)10月20日)は、哲学者、美学者、作家。仙台市名誉市民。

阿部次郎 - Wikipedia

6位 善の研究

善の研究 <全注釈> (講談社学術文庫)

善の研究 <全注釈> (講談社学術文庫)

内容:
  • 丁寧な注釈と的確な解説
    日本哲学の名著を読む

    日本最初の本格的な哲学書『善の研究』。深い思索とたゆまぬ探究心、西洋思想との厳しい対決。西田幾多郎は、人間の意識を深く掘り下げ、心の最深部にある真実の心は何かを探究し続けた。本書では、難解な本文を平易に噛み砕きやさしく読み解き、詳細で懇切な注釈と的確な解説を施し、論旨を纏め示す。2編の補論も収載、西田の代表作理解のための最善の書。

    本書は、西田幾多郎の代表作『善の研究』に注釈と解説を試みたものである。『善の研究』で用いられている難解な哲学用語をわかりやすく説明し、本文中に引用されている哲学者の思想やその著作を簡明に解説した。また、意味のとりにくい難解な文章をできるだけ平易に、くだいた形で表現し直し、各章ごとに、その全体の論旨をまとめ、それと同時に、個々の主張の背後にある根本の精神を明らかにするよう努めた。――<本書「まえがき」より>

  • 西田幾多郎:
    1870年、石川県生まれ。京都帝国大学教授。1945年没。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

    小坂国継:
    1943年、中国生まれ。1971年、早稲田大学大学院文学研究科博士課程修了。宗教哲学専攻。日本大学大学院教授。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

6位 「甘え」の構造

「甘え」の構造 [増補普及版]

「甘え」の構造 [増補普及版]

内容:
  • ●「甘え」が失われた社会に「甘やかし」と「甘ったれ」が蔓延している――変質しつつある日本社会の根底に横たわる危機を鋭く分析した書下し論考<「甘え」今昔>を加えた増補普及版です。

    ●1971年の刊行以来名著の名をほしいままにしてきた本書は、三十数年後の今日も読み継がれている古典です。
     本書で著者は「甘えるな」というありきたりの処世訓を説いたのではなく、日本社会において人々の心性の基本にある「甘え」「甘えさせる」人間関係が潤滑油となって集団としてのまとまりが保たれ、発展が支えられてきたことを分析して見せたのです。
     しかしその後日本の社会と文化は大きく変質し、油断ならない、ぎすぎすした関係を当然とする社会風土が形成されてきました。それはすなわち、良き「甘え」が消失し、一方的な「甘やかし」や独りよがりの「甘ったれ」が目立つ世の中になったことも意味するのです。
     いまこそ、本書を通じて、なぜかくも生きづらい世になってしまったのか、日本社会はどうあるべきなのかをじっくり考えてみましょう。

  • 土居健郎:
    1920年東京に生まれる。1942年東京大学医学部卒業。1950年‐52年アメリカのメニンガー精神医学校留学。1955年‐56年アメリカのサンフランシスコ精神分析協会留学。1961年‐63年アメリカ国立精神衛生研究所に招聘。1957年‐71年聖路加国際病院精神科医長。1971年‐80年東京大学医学部教授。1980年‐82年国際基督教大学教授。1983年‐85年国立精神衛生研究所所長。現在、聖路加国際病院顧問。医学博士(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

8位 十七条憲法

法華義疏(抄)・十七条憲法 (中公クラシックス)

法華義疏(抄)・十七条憲法 (中公クラシックス)

内容:
  • 東アジアの一角で声をあげた「日出づる処の天子」。推古天皇摂政となる聖徳太子仏教理解とその足跡を追い、仏教導入で日本統一を目指した太子の政治家としての実像を映す。

十七条憲法:

十七条憲法(じゅうしちじょうけんぽう)とは、推古天皇12年(ユリウス暦604年)に聖徳太子厩戸皇子)が作ったとされる、17条からなる法文。

十七条憲法 - Wikipedia

聖徳太子:

聖徳太子(しょうとくたいし、敏達天皇3年1月1日(574年2月7日) - 推古天皇30年2月22日(622年4月8日))・厩戸皇子(うまやどのみこ、うまやどのおうじ[1])は、飛鳥時代の皇族・政治家。「聖徳太子」はその時の名前ではなく、後世の諡号用明天皇の第二皇子、母は欽明天皇の皇女・穴穂部間人皇女

聖徳太子 - Wikipedia

9位 愛と認識との出発

愛と認識との出発 (岩波文庫)

愛と認識との出発 (岩波文庫)

内容:
  • 善とは何か,真理とは何か,友情とは何か,恋愛とは何か,信仰とは何か…….自分自身が考え抜いたプロセスをそのままに記した,著者20代の論考17篇を収録.刊行されるや,大正-昭和の旧制高校生の間で「伝説的」な愛読書となった,『出家とその弟子』と並ぶ倉田百三(1891-1943)の代表的著作.(解説=鈴木範久)

倉田百三:
倉田 百三(くらた ひゃくぞう(または くらた ももぞう)、1891年(明治24年)2月23日 - 1943年(昭和18年)2月12日)は、日本の劇作家、評論家で大正、昭和初期に活躍した。広島県庄原市には、倉田百三文学館がある。

倉田百三 - Wikipedia

10位 風姿花伝

風姿花伝 (岩波文庫)

風姿花伝 (岩波文庫)

内容:
  • 一般に『花伝書』として知られる『風姿花伝』は,亡父観阿弥の遺訓にもとづく世阿弥(1364?―1443)最初の能芸論書で,能楽聖典として連綿と読みつがれてきた.室町時代以後日本文学の根本精神を成していた「幽玄」「物真似」の本義を徹底的に論じている点で,堂々たる芸術表現論として今日もなお価値を失わない.

風姿花伝:

風姿花伝 (ふうしかでん、風姿華傳) は、世阿弥が記した能の理論書。世阿弥の残した21種の伝書のうち最初の作品。亡父観阿弥の教えを基に、能の修行法・心得・演技論・演出論・歴史・能の美学など世阿弥自身が会得した芸道の視点からの解釈を加えた著述になっている。

成立は15世紀の初め頃。全七編あり、最初の三つが応永7年(1400年)に、残りがその後20年くらいかけて執筆・改訂されたと考えられている。「幽玄」「物真似」「花」といった芸の神髄を語る表現はここにその典拠がある。最古の能楽論の書であり、日本最古の演劇論とも言える。

多くの人に読まれ始めたのは20世紀に入った明治42年(1909年)に吉田東伍が学会に発表してからで、それまでは一族の「秘伝書」として、その存在すらほとんど知られていなかった。『花伝書』の通称が用いられていた頃もあったが、後の研究の結果現在では誤称とされる。

能の芸道論としても読める一方、日本の美学の古典ともいう。Kadensho、Flowering Spirit などの題名で何度か外国語訳もされ、日本国外でも評価されている。

風姿花伝 - Wikipedia

世阿弥:
世阿弥(ぜあみ、世阿彌陀佛、正平18年/貞治2年(1363年)? - 嘉吉3年8月8日(1443年9月1日)?)は、日本の室町時代初期の大和猿楽結崎座の猿楽師。父の観阿弥(觀阿彌陀佛)とともに猿楽(申楽とも。現在の能)を大成し、多くの書を残す。観阿弥世阿弥の能は観世流として現代に受け継がれている。

幼名は鬼夜叉、そして二条良基から藤若の名を賜る。通称は三郎。実名は元清。父の死後、観世大夫を継ぐ。40代以降に時宗法名時宗の男の法名(戒名)は阿弥陀仏(阿彌陀佛)号。ちなみに世は観世に由来)である世阿弥陀仏が略されて世阿弥と称されるようになった。世の字の発音が濁るのは、足利義満の指示によるもの。正しくは「世阿彌」。

世阿弥 - Wikipedia

10位 養生訓

養生訓 (中公文庫)

養生訓 (中公文庫)

内容:
  • 貝原益軒が84歳のときに書いた健康についての指南書『養生訓』。300年以上前に書かれた健康で長生きし幸せに暮らす方法は、現代の病気予防、健康維持にも役立つ事柄が多い。
    「おもちの食べ方」「根菜の調理の仕方」「疲れているときは食事を取らない」などの具体的な食事方法から、「朝の過ごし方」「深夜までには寝る」などの生活習慣や心のもちかたなどがわかりやすく著され、健康に気をつけたいと思っている人にはすぐにでも役立つ実用書でもある。
    本書は、現代医学の医師として大学病院に勤務後、マハリシアーユルヴェーダ(インドに伝わる伝統医学)を学び、現在はマハリシアーユルヴェーダの日本の第一人者といわれる訳者が、「現代医学」「アーユルヴェーダ」の知識を交えながら『養生訓』を読み解く。
    江戸時代の知恵には、いまも通じる健康法が満載だった!

養生訓:

『養生訓』(ようじょうくん)は、正徳2年(1712年)に福岡藩儒学者貝原益軒によって書かれた、養生(健康、健康法)についての指南書。益軒83歳の著作で、実体験に基づき健康法を解説した書。長寿を全うするための身体の養生だけでなく、精神の養生も説いているところに特徴がある。一般向けの生活心得書であり、広く人々に愛読された。

現代でも岩波文庫、中公文庫、講談社学術文庫など多くの出版社や原文付き現代語版や口語訳、解説書などが出版されている。ジョージ秋山による漫画化や、海外向けの英訳もなされている。

養生訓 - Wikipedia

貝原益軒:
貝原 益軒(かいばら えきけん、1630年12月17日(寛永7年11月14日) - 1714年10月5日(正徳4年8月27日))は、江戸時代の本草学者、儒学者

貝原益軒 - Wikipedia

 

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